この記事の監修者 司法書士 岩田 剛知(島根県司法書士会 第394号)
最終更新日:2026年9月4日 ※本記事は更新日現在の法令・実務に基づき内容を確認しています。
「家族信託を組めば、親の将来は安心」と聞いて調べ始めたものの、任意後見という言葉も出てきて、何が違うのか分からなくなっていませんか。
家族信託と任意後見は、どちらも親の判断力が下がる前に備えておく仕組みです。ただし、カバーできる範囲が違います。
財産の管理や処分は家族信託、施設入所の契約や医療機関の窓口対応といった身の回りのことは任意後見が担います。多くのご家庭では、答えは「どちらか」ではなく「両方」です。2つの制度の違いと、選び方・組み合わせ方を、条文とあわせて説明します。
この記事のポイント
- 家族信託は財産の管理・処分を託す契約、任意後見は生活・療養看護・財産管理を代理してもらう契約です
- 家族信託だけでは、施設入所の契約や医療機関の窓口対応といった身上監護はカバーできません
- 多くの場合、財産管理は信託、身上監護は任意後見という組み合わせが答えになります
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1. 結論:信託と後見は、カバーする範囲が違います
この章でわかること 信託は財産管理、後見は身上監護を担い、多くは併用が答え
家族信託と任意後見は、どちらも判断力が下がる前に契約を結んでおく仕組みですが、できることが違います。家族信託は、預金や不動産といった財産の管理・処分を、信頼できる家族に託す契約です。
一方の任意後見は、生活・療養看護・財産の管理に関する事務を、代理人にまとめて任せる契約です。施設入所の契約や、医療機関の窓口対応といった、財産以外の「身の回りの手続き」もカバーします。
家族信託だけを組んで安心していると、身上監護の部分が抜け落ちることがあります。逆に、任意後見だけでは、財産をあらかじめ思うように動かしにくい場面もあります。
多くのご家庭では、財産管理は信託、身上監護は任意後見という組み合わせが現実的です。次の章から、それぞれの仕組みを順に説明します。
「どちらから手をつければよいか」と聞かれることもあります。順番よりも先に、財産の内容と、身上監護がどの程度必要になりそうかを整理することをおすすめします。
2. 家族信託(民事信託)とは
この章でわかること 家族信託は契約で財産管理を託す仕組みで、身上監護はできない
「家族信託」という言葉は通称です。制度としての正式な名前は民事信託で、根拠となる法律は信託法です。「家族信託法」という独立した法律があるわけではありません。
信託とは、財産を持つ人(委託者)が、信頼できる人(受託者)に財産の管理・処分を託し、そこから生じる利益を受け取る人(受益者)のために管理してもらう仕組みです。親が委託者になり、子を受託者に、親自身を受益者にする形が、家族信託ではよく使われます。
信託を始める方法はいくつかありますが、家族信託で使われるのは、主に契約による方法です。
信託法第3条第1号
特定の者との間で、当該特定の者に対し財産の譲渡、担保権の設定その他の財産の処分をする旨並びに
当該特定の者が一定の目的に従い財産の管理又は処分及びその他の当該目的の達成のために必要な行為をすべき旨の契約(以下「信託契約」という。)を締結する方法
このほか、遺言によって信託を始める方法(同条2号)もあります。自分の財産を自分で管理する自己信託という方法(同条3号)もありますが、家族信託として使われるのは、ほとんどが契約による方法です。
家族信託でできるのは、信託契約で託した財産の管理・処分に限られます。預金の解約や不動産の売却、賃貸物件の管理などを、親の判断力が下がったあとも子が続けられる点が、家族信託の主な効果です。
一方で、家族信託には身上監護の権限がありません。施設への入所契約を結ぶ、医療機関の窓口で対応する、といった行為は、信託契約の範囲に含まれません。この点は4章と5章で改めて説明します。
家族信託は、相続税の節税にはなりません。信託は財産の管理方法を変える仕組みであって、誰が財産を持っているかという評価そのものは変わらないためです。節税を目的に信託を検討している場合は、その前提を見直す必要があります。
受託者になるのは、多くの場合、子など次の世代の家族です。受益者を親自身にする形(自益信託)であれば、信託を組んだこと自体で贈与税が問題になることは、一般的にはありません。財産の実質的な持ち主は、引き続き親のままだからです。税務上の扱いは、提携する税理士をご紹介しながら確認します。
受託者には、信託財産を適切に管理する義務があります。自分の財産と信託財産を分けて管理する義務(分別管理義務)と、信託の目的に従い、善良な管理者の注意をもって事務を行う義務(善管注意義務)です(信託法29条2項・34条)。託されたからといって、自由にしてよいわけではありません。
生前対策全体の中で信託がどこに位置づけられるかは、生前対策は何から始めればいいかを整理した記事もあわせてご覧ください。
3. 任意後見とは
この章でわかること 契約は元気なうちに、効力は監督人が選ばれてから生じる
任意後見は、判断力があるうちに「誰に、何を任せるか」を自分で決めて契約しておく制度です。根拠となる法律は、任意後見契約に関する法律です。
家族信託と大きく違うのは、契約を結んだだけでは、まだ効力が生じない点です。
任意後見契約に関する法律第2条第1号
委任者が、受任者に対し、精神上の障害により事理を弁識する能力が不十分な状況における自己の生活、療養看護及び財産の管理に関する事務の全部又は一部を委託し、
その委託に係る事務について代理権を付与する委任契約であって、第四条第一項の規定により任意後見監督人が選任された時からその効力を生ずる旨の定めのあるものをいう。
つまり、契約自体は判断力がしっかりしているうちに、公正証書で結びます。実際に代理人(任意後見人)として動き始めるのは、判断力が下がり、家庭裁判所が任意後見監督人を選んでからです。
任意後見契約に関する法律第4条第1項(本文)
任意後見契約が登記されている場合において、精神上の障害により本人の事理を弁識する能力が不十分な状況にあるときは、
家庭裁判所は、本人、配偶者、四親等内の親族又は任意後見受任者の請求により、任意後見監督人を選任する。
任意後見監督人は、任意後見人の事務を監督し、家庭裁判所に定期的に報告する役割を持ちます(任意後見契約に関する法律7条1項1号・2号)。本人だけでなく、任意後見人を選んだ側にも、第三者の目が入り続ける仕組みです。
任意後見が始まるまでの流れ
- 公正証書で契約を結ぶ —— 誰に何を任せるかを決め、公証役場で任意後見契約を結びます。
- 法務局に登記される —— 契約の内容が、後見登記として法務局に記録されます。
- 判断力が下がる —— この時点では、まだ契約の効力は生じていません。
- 家庭裁判所へ申立て —— 本人・配偶者・四親等内の親族・任意後見受任者が、任意後見監督人の選任を申し立てます。当事務所では、この申立書類の作成支援を承っています。
- 監督人が選ばれ、効力が生じる —— ここから任意後見人として、代理権を行使できるようになります。
任意後見には3つの始め方がある
任意後見契約には、いつから監督人の選任を目指すかによって、大きく3つの型があります。判断力が低下してすぐに申立てを行う即効型、今は元気で将来に備える将来型、見守り契約や財産管理委任契約を先に結んでおき状況に応じて任意後見へ移る移行型です。
多くのご家庭では、見守り契約と組み合わせる移行型が選ばれています。見守り契約については、見守り契約とは何かを説明した記事で詳しく説明しています。
法定後見との違いに注意
後見にはもう一つ、法定後見という制度があります。法定後見は、判断力が下がったあとに家庭裁判所が後見人を選ぶ手続きで、本人があらかじめ後見人を選ぶことはできません(民法7条ほか)。
任意後見は「誰に頼むかを自分で決められる」点が、法定後見と異なります。ただし、法定後見の後見人にある「取消権」(本人が結んだ不利な契約を後から取り消す権限)は、任意後見人には認められていません。訪問販売や不要な契約でトラブルが起きても、任意後見人は本人に代わって契約を取り消すことができない、という違いがあります。この記事は家族信託との比較が主題のため、法定後見と任意後見の違いはここまでにとどめます。
※成年後見制度は、令和8年法律第45号(2026年6月24日公布)で後見・保佐を補助に一元化するなど、任意後見を含む見直しが決まっています。施行日は公布から2年6か月以内に政令で定められ、施行後にこの記事の内容も更新します。
任意後見でカバーできるのは、生活・療養看護・財産管理に関する法律行為です。施設入所の契約や、医療機関の窓口対応も含まれます。ただし、手術など医療行為そのものへの同意権は、任意後見人にも認められていないと考えられています。この部分は法律に明文の定めがなく、専門家の間でも慎重な扱いが必要とされています。
4. 家族信託と任意後見の違い
この章でわかること 効力の生じる時期と、身上監護の可否が最大の分かれ目
ここまでの内容を、図と表で整理します。特に見ていただきたいのは、身上監護の行と、効力が生じる時期の行です。財産管理だけを整えたい方と、身の回りの手続きまで備えたい方の分かれ目になります。
| 比べる点 | 家族信託(民事信託) | 任意後見 |
|---|---|---|
| 根拠となる法律 | 信託法(契約による方法) | 任意後見契約に関する法律 |
| 契約を結ぶタイミング | 判断力があるうち | 判断力があるうち(効力は先) |
| 効力が生じる時期 | 契約の締結時、または定めた時期から | 家庭裁判所が任意後見監督人を選任した時から |
| できること | 信託財産の管理・処分 | 生活・療養看護・財産管理に関する法律行為の代理 |
| 身上監護(施設入所の契約など) | できない | 対応できる(医療行為そのものへの同意は除く) |
| 監督のしくみ | 第三者の監督機関は、契約で信託監督人を置かない限りなし | 家庭裁判所が選ぶ任意後見監督人がつきます |
| 費用の傾向 | 契約時の設計・書面化に比重 | 契約時に加え、効力発生後も監督人報酬が続く |
表からも分かるとおり、最大の違いは、身上監護ができるかどうかと、効力が生じるタイミングです。財産の管理だけを急いで整えたいのか、身の回りの手続きまで含めて備えたいのかで、必要な制度が変わります。
5. どちらを選ぶか、どう組み合わせるか
この章でわかること 財産の内容と身上監護の見込みで、必要な組み合わせを判断する
判断のヒントとして、次のようなケースが当てはまるかどうかを確認してください。
こんな方は、信託と後見をあわせて考える価値があります
- ✓親名義の不動産や賃貸物件を、判断力が下がる前から動かせるようにしておきたい
- ✓将来、施設入所や入院の契約もまとめて任せられる人を決めておきたい
- ✓「信託さえ組めば安心」と聞いたが、それだけで足りるのか気になっている
- ✓きょうだいの中で、財産管理を担う人をあらかじめ決めておきたい
1つ目だけが当てはまるなら、家族信託だけで足りる場合もあります。2つ目も当てはまるなら、任意後見をあわせて検討する意味があります。
家族信託だけを組んで終わりにすると、あとで身上監護の部分が抜け落ちていたことに気づく、というケースが実務では見られます。信託契約を結ぶ段階で、身上監護をどうするかもあわせて考えておくことをおすすめします。
信託でカバーできないことは、任意後見でカバーできます
心配ごとの種類ごとに、担当する仕組みが分かれています。
| 心配ごと | 対応する契約 | 詳しい記事 |
|---|---|---|
| 財産の管理・処分・承継の道すじ | 家族信託 | 本記事の2章 |
| 施設入所や入院時の契約対応 | 任意後見 | 本記事の3章 |
| 判断力が下がる前の日常の見守り | 見守り契約・財産管理委任契約 | 見守り契約とは |
| 財産を誰に渡すか | 遺言(信託と役割が異なる) | 遺言の形式の選び方 |
まとめてご相談いただけます。→ 生前対策のご相談ページを見る
信託だけでは見落としやすい点と、回避策
家族信託を組むと、財産管理の道すじが整うため、それだけで安心してしまいがちです。実際には、身上監護の担当が決まっていないという抜け漏れが残ります。回避策は、信託契約を結ぶタイミングで、任意後見もあわせて検討しておくことです。
もう一つ見落としやすいのが、受託者になった家族一人に、管理の事務と責任が集中することです。回避策として、信託監督人を置く、または複数の子で役割を分けるという設計もできます。
信託と遺言は役割が異なりますが、信託契約の設計によっては、遺留分の請求を受ける可能性が残ります。財産の分け方に偏りがある場合は、遺留分とはなにかを解説した記事もあわせてご確認ください。
6. 費用の考え方
この章でわかること 契約時の報酬と、任意後見だけ続く監督人報酬の違い
費用は、契約を結ぶときだけでなく、契約を結んだあとにかかるものも含めて比べる必要があります。
| 項目 | 家族信託 | 任意後見 |
|---|---|---|
| 契約時の司法書士報酬(当事務所) | 330,000円(税込)〜 | 110,000円(税込)〜 |
| 公正証書の要否 | 必須ではないが、実務では利用することが多い | 法律上、公正証書での契約が必須(任意後見契約に関する法律3条) |
| 登記・登録にかかる実費 | 不動産を信託財産に含める場合、登録免許税などが別途 | 任意後見契約の登記に、登記手数料などが別途 |
| 効力発生後に続く費用 | 信託の内容によります。継続費用がない設計もできます | 任意後見監督人への報酬が、家庭裁判所が定める額で続きます |
任意後見は、効力が生じたあとも、任意後見監督人への報酬が本人の財産から支払われ続けます。金額は家庭裁判所が事案ごとに定めるため、一律の金額をここでお示しすることはできません。
家族信託は、契約時の設計・書面化に費用の比重があります。信託財産に不動産を含める場合は、登録免許税などの登記費用も別途かかります。
実際にかかる費用は、財産の内容によって変わります。信託財産に含める不動産の数や、契約書の複雑さによって、司法書士報酬や公証人手数料は上下します。まずは財産の一覧を整理していただき、そのうえでお見積りをご案内しています。
信託と任意後見を両方ご検討の場合も、財産の内容をお伺いしたうえで個別にお見積りします。司法書士報酬のほかに、公証人手数料や登記費用などの実費が別途かかります。
費用の全体像は料金のご案内で確認できます。財産の内容や、身上監護の見込みによって組み合わせ方が変わるため、具体的な金額は無料相談でお見積りします。
7. よくある質問
この章でわかること 節税・法定後見との違い・認知症診断後にできることの疑問
Q. 家族信託を組めば、後見はもう不要になりますか
いいえ。家族信託は財産の管理・処分を託す契約で、身上監護、つまり施設入所の契約や医療機関の窓口対応まではカバーできません。身上監護が必要になった場合は、任意後見または法定後見をあわせて使うことになります。信託契約を結ぶ段階で、身上監護をどうするかもあわせて考えておくと、あとで抜け漏れに気づく事態を避けられます。
Q. 任意後見と法定後見は同じものですか
いいえ。任意後見は判断力があるうちに本人が結ぶ契約で、任意後見人を自分で選べます。一方の法定後見は、判断力が下がったあとに家庭裁判所が後見人を選ぶ手続きで、本人はあらかじめ選ぶことができません。判断力が下がる前から備えたい場合は、任意後見が選択肢になります。
Q. 信託していない財産は、誰が管理するのですか
信託契約で託した財産だけが、受託者の管理下に入ります。信託していない預金や、身上監護に関わる契約は対象外です。家族信託と任意後見を組み合わせることで、この抜け漏れを減らせます。
Q. 親が認知症と診断されたら、もう信託や任意後見は組めませんか
判断力の程度によります。契約の内容を理解できる状態であれば結べる場合もありますが、進行してからでは難しくなります。診断名だけで一律に決まるものではなく、実際に本人とお話ししたうえで判断します。「まだ大丈夫」と思ううちに、専門家へ相談することをおすすめします。
Q. 家族信託は相続税の節税になりますか
なりません。信託は財産の管理方法を変える仕組みで、財産の評価そのものは変わらないためです。節税を目的とするなら、別の対策とあわせて検討する必要があります。税額の計算や具体的な節税対策は、提携する税理士をご紹介しながら進めます。
Q. 信託した不動産を、あとから売ることはできますか
信託契約で受託者に売却の権限を定めておけば、受託者の判断で売却できます。親自身が売買契約の当事者になる必要がないため、判断力が下がったあとでも手続きが止まりにくくなります。ただし、どこまでの権限を与えるかは契約の設計次第なので、あらかじめ決めておく必要があります。
8. まとめ
- 家族信託は財産の管理・処分を託す契約です。判断力があるうちに結ぶ必要があります
- 任意後見は判断力があるうちに契約を結び、効力は家庭裁判所が任意後見監督人を選任してから生じます
- 家族信託だけでは、施設入所の契約や医療機関の窓口対応といった身上監護をカバーできません
- 多くの場合、答えは併用です。財産管理は信託、身上監護は任意後見が基本の組み合わせです
- 費用も仕組みも異なるため、財産の内容と将来の見通しをもとに、あわせて相談することをおすすめします
まずは財産の内容と、身上監護が必要になりそうな見通しを整理するところから始めてください。
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財産の行き先を決める遺言との関係は、こちらもあわせてご覧ください。
判断に迷ったときは
「信託と後見、どちらが自分の家庭に合うのか分からない」という状態のままで構いません。財産の内容と、身上監護が必要になりそうな見通しを一緒に整理するところからお手伝いします。
相談だけで終わっても構いません。話してみて、いま何もしなくてよいという結論になることもあります。
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