監修者 司法書士 岩田 剛知(島根県司法書士会 第394号)
ページ更新日:2026年11月1日 一般的な手続きの解説であり、個別のご事情によって必要な対応は異なります。
親が認知症と診断されると、「もう遺言書は作れないのでは」と心配になるかもしれません。ですが、診断名だけで遺言書の有効・無効が決まるわけではありません。
大切なのは、遺言を作成した時点で、本人が遺言の内容と、その内容がもたらす結果を理解して判断できたかです。遺言能力の考え方、医師の診断との関係、証拠の残し方、作成方法を整理します。
この記事のポイント
- 認知症の診断名だけで遺言能力が決まるわけではなく、作成時の本人の理解と判断が中心になります
- 公正証書遺言は方式や本人の意思確認に公証人が関わりますが、有効性が自動的に保証される制度ではありません
- 作成時の会話、遺言内容を決めた理由、医療資料などを、本人の負担に配慮しながら残すことが大切です
必要な手続きや作成方法がまだ整理できていない段階でも、ご相談いただけます。遺言の無料相談を申し込む
1. 認知症でも遺言書を作れる場合があります
この章でわかること 診断名ではなく、遺言を作った時点の理解と判断が出発点です
認知症と診断された親でも、症状の程度や日による変化は一人ひとり違います。診断を受けていることだけで、直ちに遺言を作れなくなるわけではありません。
一方で、遺言を作る時点で、誰に何を渡すか、財産の内容、作成によって相続の結果がどう変わるかを理解できなければ、遺言能力が問題になります。後から争いになったときは、診断書の病名だけではなく、作成前後の状況を含めて検討されます。
「作れるか」を家族だけで先に決めるのではなく、本人がどのように考えているかを確認し、無理のない方法で準備することが重要です。遺言の内容を本人に隠したまま、家族が決めて署名だけを求める進め方は避けます。
確認する視点は、次の3つです。本人が財産の種類や渡す相手を理解しているか、なぜその分け方にするのかを自分の言葉で説明できるか、誰から影響を受けたかを含む作成の経過が自然かを見ます。いずれも診断名だけでは判断できず、前後の資料や会話を含めて確認します。
参考:e-Gov法令検索「民法」第963条(2026年9月26日確認。現行条文)
2. 遺言能力は作成時の理解と判断で考えます
この章でわかること 民法963条は、遺言をする時点で能力が必要だと定めています
遺言能力とは、遺言の意味と結果を理解し、自分の意思で内容を決めるための能力です。民法は「遺言者は、遺言をする時においてその能力を有しなければならない」と定めています。
民法第963条
遺言者は、遺言をする時においてその能力を有しなければならない。
参考:e-Gov法令検索「民法」第963条(2026年9月26日確認。現行条文)
ここでいう「能力」は、日常生活のすべてを一人でできるかという意味ではありません。買い物や銀行手続きが難しくなっていても、遺言の場面で、財産と相続人との関係を理解し、内容を選べることはあります。反対に、日常会話ができても、遺言の内容や結果を理解できていなければ別の問題が生じます。
判断の材料になりやすいのは、次のような具体的な事情です。
- 自分の財産の大まかな内容を把握しているか
- 相続人や、財産を渡したい相手との関係を理解しているか
- 誰に何を渡すか、その理由を自分の言葉で説明できるか
- 遺言を作ることで、相続人の取得分が変わることを理解しているか
- 家族や支援者から内容を押しつけられず、自分で決めているか
これは点数表やチェックリストだけで機械的に決めるものではありません。遺言の内容が簡単か複雑かによって、必要な理解の範囲も変わります。MMSEなどの検査点数だけで有効・無効が決まると考えないでください。
遺言能力は、作成時点の評価です。作成後に症状が進んだことだけを理由に、作成時の遺言能力がなかったと決めつけることもできません。逆に、作成時に軽い診断だったとしても、具体的な内容を理解できていたかは別に確認が必要です。
3. 医師の診断名や検査結果だけでは決まりません
この章でわかること 医療資料は重要な手がかりですが、遺言能力の法律判断そのものではありません
医師の診断書や診療録は、作成時の状態を考えるうえで重要な資料です。ただし、医師が認知症と診断したかどうか、検査の点数がいくつだったかだけで、遺言の有効・無効が決まるわけではありません。
医療の診断は、病気の状態や治療の必要性を判断するものです。遺言能力の判断では、それに加えて、遺言の内容を本人が理解して決めたか、作成時に誰とどのようなやり取りをしたかを見ます。医師に遺言の有効・無効を決めてもらう、という関係ではありません。
自筆証書遺言と公正証書遺言のどちらでも、作成当時の遺言能力が後から争われることがあります。備えとして、医療機関の検査結果、本人との直接のやり取り、作成時の医師の立会いや診断書を資料として残す方法があります。
| 資料・事情 | 分かること | 限界 |
|---|---|---|
| 診断書・診療録 | 診断名、受診時期、医師が把握した状態 | 遺言の内容を理解して決めたかを単独で決めるものではありません |
| 認知機能検査 | 検査時点の認知機能の一つの資料 | 点数だけで遺言能力を判定できません |
| 作成時の会話・経過 | 財産や相続人、作成理由を本人が理解していたか | 記録がなければ、後から確認しにくくなります |
| 公証人・医師の確認 | 作成時に本人と直接確認した状況 | 公正証書や診断書があっても、争いが自動的になくなるわけではありません |
医療判断は医師に確認します。家族が「この点数なら作れる」「この診断なら作れない」と医療や法律の結論を出すことは避けてください。
4. 自筆証書と公正証書は作成時の記録が違います
この章でわかること 形式の安全性と遺言能力の証明は、別々に考えます
遺言の方式には、自筆証書遺言と公正証書遺言があります。自筆証書遺言は、本人が作成する方式です。公正証書遺言は、公証人が関与し、証人二人以上の立会いなど、法律が定める方式で作成します。
公正証書遺言では、公証人が本人から遺言の趣旨を確認し、証人も作成に立ち会います。そのため、自筆証書遺言に比べて、本人がその場で意思を示した経過を残しやすく、方式上の不備や紛失のリスクを減らしやすい方法です。
ただし、公正証書にしたからといって、遺言能力や内容の有効性が自動的に保証されるわけではありません。作成時の理解が十分だったか、本人の意思に基づいていたかは、後から争点になる余地があります。
| 項目 | 自筆証書遺言 | 公正証書遺言 |
|---|---|---|
| 作成方法 | 原則として本人が全文・日付・氏名を自書し、押印します。財産目録には自書不要の例外があります(民法968条2項) | 公証人が本人の趣旨を確認して公正証書を作成します |
| 関与者 | 本人が中心です。支援者の関与は記録を残します | 公証人と証人二人以上が関与します |
| 方式の確認 | 法務局の保管制度は形式面を確認しますが、内容の有効性は判断しません | 公証人が法定方式に沿って作成します |
| 遺言能力 | 作成時の会話や医療資料を残すことが重要です | 本人確認の経過は残りますが、有効性の自動保証ではありません |
| 向いている進め方 | 本人の負担を見ながら、形式と内容を別々に確認します | 早めに公証人へ相談し、本人が無理なく説明できる内容に整理します |
参考:法務省「公証制度について」、法務省「自筆証書遺言書保管制度・作成上の注意事項」、e-Gov法令検索「民法」第968条第2項(2026年9月26日確認)
自筆証書遺言を法務局に預ける制度も、紛失や改ざんを防ぎ、形式面の要件を確認するための仕組みです。法務局は遺言書の内容に関する相談や、遺言能力の判断をする窓口ではありません。保管制度を利用しても、遺言能力の問題まで解決したことにはなりません。
自筆証書遺言の形式不備については、遺言が無効になる書き方を解説した記事で確認できます。自筆か公正証書かの選び方は、自筆と公正証書を決める3つの基準も参考にしてください。
必要な準備を一緒に整理できます。公証役場へ行く前に、財産と相続人、本人の希望を整理したい方は、遺言・生前対策の案内を見る。
5. 作成時の遺言能力を示す資料を残す方法
この章でわかること 本人の負担を抑えながら、作成の経過を後から確認できる形にします
遺言能力を争われないようにするため、家族が形式的な証拠を集めることだけを目的にしてはいけません。本人の意思を尊重し、作成時の状況を正確に記録することが中心です。
まず、本人が何を希望しているかを、本人の言葉で確認します。財産を誰に渡すかだけでなく、その理由や、他の相続人との関係も確認します。家族が横から答えを補いすぎると、本人の意思なのか、支援者の意向なのかが分かりにくくなります。
次に、遺言の内容を整理した日、本人と内容を確認した日、医療機関を受診した日などを、混同しないように記録します。公正証書の作成日だけを記録しても、準備段階の経過は分かりません。
- 本人が説明した財産の範囲と、相続人との関係
- 誰に何を渡すか、本人が説明した理由
- 遺言の案を本人に読み聞かせたときの反応
- 家族や支援者が同席したか、どのような発言をしたか
- 作成当日の本人の体調や、途中で休憩を取ったか
- 医師に相談した場合の診断書や意見、受診日
記録は、本人の同意を得て、事実と推測を分けて残します。「本人は納得していた」と評価だけを書くより、「本人が長男に自宅を渡す理由をこう説明した」と具体的な発言や経過を残す方が確認しやすくなります。発言を録音・録画する場合は、本人の負担やプライバシー、利用目的を先に検討します。
医師へ遺言能力に関する資料を依頼する場合も、法律上の有効・無効を断定してもらうのではありません。
診察時の状態や本人の理解を、医療専門家の立場で記録してもらう形を検討します。
次の表は、資料の候補と注意点を整理したものです。
| 資料の候補 | 残す内容 | 注意点 |
|---|---|---|
| 遺言内容の確認メモ | 本人の希望、理由、確認した日 | 家族の評価や誘導を混ぜず、本人の説明を中心にします |
| 公正証書の作成記録 | 公証人・証人が関与した事実、作成日 | 公正証書だけで遺言能力の問題が消えるわけではありません |
| 医療機関の資料 | 受診日、診断、医師が確認した状態 | 医師の判断を法律上の結論に置き換えません |
| 本人の同意を得た記録 | 録音・録画をした目的と範囲 | 本人の尊厳、保存先、閲覧者を決めておきます |
家族の一人だけが準備や説明を担うと、後から「誘導されたのではないか」と見られることがあります。必要に応じて、本人と専門家が直接話せる時間を設け、他の家族は同席の範囲を調整します。
遺言の内容が大きく変わった場合や、相続人の一部だけに財産を渡す場合は、内容を決めた理由をより丁寧に整理します。遺留分など相続人の権利に関わる論点は、遺言能力とは別の問題です。公正証書遺言の手数料や準備は、公正証書遺言の費用と内訳の記事で確認できます。
6. 成年被後見人は民法973条の特別な要件があります
この章でわかること 成年被後見人の遺言は、能力の一時回復と医師二人以上の立会いが必要です
成年被後見人とは、家庭裁判所から後見開始の審判を受けている人です。認知症の診断を受けた人すべてが成年被後見人になるわけではありません。診断名と、成年後見開始の審判を受けているかは分けて考えます。
成年被後見人が遺言をする場合、民法973条は、事理を弁識する能力を一時回復した時に、医師二人以上の立会いが必要だと定めています。通常の認知症の診断だけを理由に、この条文の要件が自動的に適用されるわけではありません。
民法第973条第1項
成年被後見人が事理を弁識する能力を一時回復した時において遺言をするには、医師二人以上の立会いがなければならない。
参考:e-Gov法令検索「民法」第973条第1項(2026年9月26日確認。現行条文)
さらに、立会いをした医師は、本人が遺言をする時に精神上の障害で事理を弁識する能力を欠く状態ではなかった旨を遺言書に付記し、署名し、印を押します。ただし、秘密証書遺言の場合は、遺言書ではなく封紙にその旨を記載し、署名し、印を押します。第2項の要件を含め、実際に作成できるかは、成年後見人、公証人、医師、専門家の間で早めに確認します。
令和8年法律第45号による成年後見制度の見直しは、2026年11月1日現在、施行前です。施行日は、公布から2年6か月を超えない範囲内で政令により定められます。作成時点の現行法を確認してください。なお、医師の付記への押印をなくす部分は、自筆証書遺言の押印の任意化と同じく、公布から1年以内の政令で定める日に施行されます。
参考:法務省「民法等の一部を改正する法律(成年後見及び遺言の制度の見直し)について」(2026年9月26日確認。施行前の改正情報)
成年被後見人でない人について、家族が「医師二人の立会いがなければ遺言はできない」と説明するのは正確ではありません。反対に、成年被後見人であれば、本人の状態と条文上の方式を確認せずに作成を進めることも危険です。
成年後見制度や、判断力が落ちる前に備える任意後見・家族信託は、遺言とは役割が違います。財産を死後に誰へ渡すかが遺言の役割であり、生前の財産管理や生活上の支援をどうするかは、別の制度の検討が必要です。手段を選ぶ前の整理は、生前対策は何から始めるかを整理した記事も確認してください。
7. 家族が遺言作成を支えるときの進め方
この章でわかること 本人の意思を中心に、内容・医療・方式を順番に確認します
遺言作成を急ぐと、本人の希望より家族の都合が前に出てしまいます。まず本人に遺言を作る意思があるかを確認し、作成を望んでいる場合に、次の順番で準備します。
①本人の意思を確認します。遺言を作る理由を家族が説明するのではなく、本人が何を希望しているかを聞きます。作りたくないと言う場合は、家族の都合だけで進めません。
②財産と相続人を整理します。預貯金、不動産、株式などを確認し、財産を渡す相手との関係を本人に説明してもらいます。財産のすべてを正確に列挙できない場合でも、重要な財産を認識しているかを確認します。
③必要に応じて医師や専門家に相談します。医師には診察時の状態や医療上の見解を、公証人には方式と本人確認を、司法書士には文案整理や必要書類の準備を相談します。司法書士は、遺言能力を最終判断する立場ではありません。
④本人の状態に合う方式を選びます。長時間の説明が負担なら、休憩を入れ、内容を簡単な言葉で確認します。体調の波がある場合は、無理にその日に決めず、作成できる時期を専門家と調整します。
作成後は、原本や正本の保管場所、遺言執行者、相続人への知らせ方を整理します。自筆証書遺言を法務局に預ける制度や、公正証書遺言の保管についても、本人の希望と手続きの特徴を確認して選びます。すでに作成した遺言を書き直す場合は、遺言の撤回と書き直しの手順を先に確認してください。
家族が本人に代わって遺言を書くことはできません。本人の署名や自書を家族が補ったり、本人が理解していない内容を読み上げて同意だけを求めたりする方法は避けます。
8. よくある質問
この章でわかること 診断・公正証書・検査点数について、よくある誤解を整理します
認知症と診断されたら、遺言書はもう作れませんか?
いいえ、診断名だけで一律に作れなくなるわけではありません。遺言を作る時点で、財産や相続人、渡す内容と結果を理解して判断できたかが中心になります。症状の程度や日による変化があるため、早めに本人と専門家へ相談してください。
医師から「遺言能力があります」と診断書を書いてもらえば安心ですか?
診断書は重要な資料ですが、それだけで遺言の有効性が決まるわけではありません。医師は医療上の状態を確認し、遺言の法律上の有効・無効は、遺言の内容や作成時の経過を含めて判断されます。診断書を依頼するときは、作成目的と確認してほしい状態を医師へ伝えます。
公正証書遺言なら、後から無効になる心配はありませんか?
公正証書遺言は、公証人と証人が関与し、方式上の不備や紛失のリスクを減らしやすい方法です。ただし、作成時の遺言能力や本人の意思が争われる可能性まで消えるわけではありません。本人の理解を確認し、作成時の資料を残すことが大切です。
MMSEの点数が何点なら遺言を作れますか?
点数だけで遺言能力を決める基準はありません。検査は一つの資料であり、遺言の内容を本人が理解し、自分の意思で決めたかを、作成時の会話や経過と合わせて考えます。検査の解釈は医師に確認し、法律上の判断と混同しないでください。
家族が遺言の内容を考えて、本人に署名だけしてもらえますか?
本人が内容を理解して自分で決めたといえない方法は避けるべきです。財産や相続人との関係を本人に説明し、本人の希望と理由を確認したうえで、文案を整理します。家族の利害が強く関わる場合は、本人が専門家と直接話す時間を設けます。
9. まとめ
- 認知症の診断名だけで、遺言書を作れるかどうかは決まりません
- 民法963条により、遺言を作成する時点で遺言能力が必要です
- 診断書や検査結果は資料の一つであり、点数だけで有効・無効を決めません
- 公正証書遺言でも、有効性が自動的に保証されるわけではありません
- 本人の理解と意思、作成の経過、医療資料を、負担に配慮して残します
遺言能力の問題は、病名だけでは整理できません。本人が作成を望んでいるなら、本人の言葉を中心に、医療と法律の専門家へ早めに相談すると準備の順番が見えます。
あわせて読みたい
遺言の形式や作成後の手続きも確認すると、作成方法を選びやすくなります。
- 遺言が無効になる書き方とは?自筆でやりがちな間違い
- 自筆と公正証書、どちらの遺言にするか決める3つの基準
- 公正証書遺言の費用はいくら?手数料・報酬・証人の内訳
- 遺言は書き直せる。撤回と作り直しの正しい手順
- 自筆証書遺言の押印廃止と、今書く人の注意点
- エンディングノートと遺言の違い
遺言や生前対策の全体像は、遺言・生前対策のご案内、終活サポートのご案内から確認できます。
判断に迷ったときは
遺言を作れるか、どの方式が合うか、何を記録すべきかが決まっていない段階でもご相談いただけます。司法書士は、遺言の文案整理や必要書類の準備、公証役場との調整を支援します。遺言能力の医療判断や、相続人間の紛争・交渉・訴訟代理は、医師や弁護士の領域です。当事務所が窓口となり、必要に応じて提携する弁護士をご紹介しますが、個別案件の受任可否や連携方法は、事情を伺ったうえで確認します。
相談内容を整理して無料相談を申し込む または 0852-28-0336へ電話する
参考にした公的資料
- e-Gov法令検索「民法」第961条、第963条、第969条、第973条(2026年9月26日確認。現行条文)
- 法務省「公証制度について」(公正証書遺言の方式と公証人の関与。2026年9月26日確認)
- 法務省「自筆証書遺言書保管制度・作成上の注意事項」(形式面の要件と法務局の相談範囲。2026年9月26日確認)
- 法務省「民法等の一部を改正する法律(成年後見及び遺言の制度の見直し)について」(2026年法律第45号の施行前情報。2026年9月26日確認)



